辛崎、韓崎、可楽崎などの字をあてる場合もありますが、大津京時代からの地名です。

平安時代には、天皇の災厄をはらう「七瀬祓所」のひとつとして重視されました。「枕草子」に湖畔の名勝として紹介され、室町時代の終わりに「近江八景」が選定されると、その一つ「唐崎の夜雨」の舞台となりました。

この地に残る松は日吉大社西本宮の御鎮座とも深いかかわりがあり、唐崎の一本松と呼ばれ多くの人々に親しまれました。現在、三代目の松は樹齢約150~200年と推定されています。