平成28年落札「膳所城下絵図」は、いつ、何のために描かれた?

随分前の話になりますが、平成28年末にネットの古地図オークションにて「膳所城下絵図」を落札しました。下書き絵図のようです。

年代不明ですが、遵義堂(藩校)が描かれていないことから1808年以前であると推測できます。

さらに浜御殿が描かれておらず、瓦ケ浜と記載されていることに着目。浜御殿(藩主の隠居場所)が築かれたのは、第八代藩主 本多俊次が隠居する1664年。さらにぐっと古いものであると考えることができます。

他にも藩士の名前が多く記載されているので、それらも時代判定の材料となりそうです。

ところで、これは一体何のための描かれた絵図なのでしょうか?

例えば、藩士の屋敷地に名前が書かれて、線が引かれたり、朱線で区画線が描かれていることに着目します。膳所藩では藩士の屋敷替えが行われていた記録があるので、その為の絵図なのかもしれません。

あるいは寛文2年(1662年)6月1日の大地震の際、被害にあった城下の区画整理を余儀なくされたのかもしれない。

一枚の絵図をもとに、推測や想像をフル回転して楽しんでいます。